無機化学・量子化学・有機化学のいずれの分野でも避けて通れないのが「指標表(character table)」と「分子軌道の組み立て」です。
突如として現れ、対称性であわあわしている大学生をあざ笑うかのように困らせてくる指標表。記号が多く、何を表しているのか最初はさっぱりわかりません。しかも、何に使うのかもよくわからないまま習うこともあり、化学を勉強する者にとっての大きな壁です。
本記事では、指標表の役割・読み方・分子軌道の組み立てへの応用までを「最初の理解」から確実に積み上げます。
1分で要点
・指標表は軌道の対称性を分類するための表
・行 = 対称種(A1, A2, B1, B2, E など)、列 = 対称操作(E, C2, σ など)
・1 = 符号変わらず、-1 = 符号反転、2/0 = 縮退軌道の合計表現
・分子軌道は「同じ対称性をもつ原子軌道」同士から組み立てる
・点群を覚えていれば、対応する指標表は限られた数しかない
量子化学の全体像は量子化学の勉強の流れ、院試対策の全体戦略は化学系大学院入試 完全ロードマップもあわせてご覧ください。
指標表は何のためにある?
指標表が何のためにあるかというと、分子軌道の対称性の相性をわかりやすくするためです。
もっと言うと、何も考えずにわかるようにするために記号が用いられているのです。
おそらく、指標表を学ぶ前に分子の対称性や点群を学習します。
点群も分子がもつ対称要素でグループ分けをするものでした。点群の記号があるおかげで、私たちは分子がどのような対称性があるのかを一目で理解することができます(記号の意味を覚えていたら…)。
それと同じように、今度はそれぞれの点群がもつ軌道の対称性を数字で表しているのが指標表です。
軌道の対称性について
「軌道の対称性」と言ってちんぷんかんぷんな人は、σ結合(軌道)とπ結合(軌道)を思い出してください。
σ軌道は、核を結ぶ直線上に成立しますね。それに対して、π軌道は、核を結ぶ直線に対して+と-という風に符号の違う電子雲が存在しました。
このとき、σ結合は、180度回転させても何も変わらないのに対して、π結合は180度回すと符号が変わります。
このように、軌道には符号があるため(量子化学参照)、回転などの対称操作したときの符号の変化を考えなければいけないのです。
σとπという2つの単純な記号で表せるのは直線分子のときだけで、これが非直線分子になると対称性は複雑になり、違う記号を使わなければいけません。
それが、A₁、B₂、E、g などの記号です。
指標表の読み方
典型例として、C₂vの指標表を見てみましょう。
C₂v というと、水(H₂O)が代表的ですね。今回はこのC₂vの指標表をみながら、指標表の読み方をざっくり説明します。
C₂v の指標表(代表例)
| C₂v | E | C₂ | σv(xz) | σv‘(yz) |
|---|---|---|---|---|
| A₁ | 1 | 1 | 1 | 1 |
| A₂ | 1 | 1 | -1 | -1 |
| B₁ | 1 | -1 | 1 | -1 |
| B₂ | 1 | -1 | -1 | 1 |
指標表を3つのブロックに分けて読む
この指標表の読み方を詳しく見ていきましょう。まずはこの表を部分ごとに分けて整理していきます。
① 一番左の列(対称種)
A₁, A₂, B₁, B₂ といった記号は、先ほど軌道の対称性で説明したように、σ や π といった対称性を表す分類だと思ってください。
つまり、C₂vの対称性を持つ分子は、これらA₁, A₂, B₁, B₂ という4つのパターンの対称性を持つ分子軌道が存在しうるということです。
② 一番上の行(対称操作)
これは、対称要素の記号です。C₂vのもつ対称要素(E, C₂, σv, σv‘)が羅列されています。当然、別の点群の指標表では、それぞれのもつ対称要素が一番上の行に来ます。
③ 真ん中のブロック(指標値)
1 や -1 といった数字が並べられています。これが指標表をややこしくする原因なのですが、基本的に
- 1 … 符号が変わらない
- -1 … 符号が逆になる
だと思ってください。
しかし、ときおり、2 や 0 など、1や-1以外の数字が登場します。
これは、例えば二重に縮退している軌道を考えるときに、二つとも軌道の符号が変わらなければ、1と1で合計で2となり、もしも、ある軌道は符号が変わり、またある軌道は変わらないというときには1と-1で0となるように、合計を表しているからです。
つまり、指標表では縮退している(エネルギー準位が同じ)軌道は簡約化して表現していることに注意が必要です。
指標表を読む具体例
A₁の行を見ると、すべての対称操作で 1 です。これは「A₁の対称性をもつ軌道は、どの対称操作をしても符号が変わらない」ことを意味します。
E(恒等操作)は何もしない操作なので符号が変わらないのは当たり前ですが、C₂(180度回転)、σv(鏡映面)でも変わらないことから、A₁は最も対称性が高い軌道だと言えます。
次にB₂の行、C₂の列を見てください。-1 となっています。
C₂ということは2回回転なので、C₂軸に対して180度回転させることを表しており、それで -1 になるということは、その操作で軌道の符号が変わるような位置関係にあるということです。
つまり、この部分からわかることは次のようになります。
- ある軌道がB₂の対称性をもつことがわかっていれば → C₂軸に対して180度の操作で軌道の符号が変わることがわかる
- 逆にC₂軸に対して180度回転の操作で軌道の符号が変わることが分かっているならば → その軌道がB₂またはB₁の分類に当てはまることがわかる(他の対称操作での符号変化と組み合わせて確定)
このように、今、何を考えているかで読み取り方は変わりますが、それぞれが何を表すかを知っていればある程度わかるようになります。
分子軌道の組み立て
ここまでくれば指標表はある程度読めるようになっているはずです。
指標表を読めるようになれば、今度は分子軌道が組み立てられるようになります。
というのも、分子軌道というのは、原子軌道の重ね合わせとして見ることができるわけですが、そのときに注意するのは
同じ対称性の原子軌道が重なり合って分子軌道を作るということです。
つまり先ほど見たσ対称(180度回転させても同じ)をもつ原子軌道は、同じくσ対称をもつ原子軌道と分子軌道を作り、π対称(180度回転させたら符号が変わる)をもつ原子軌道とは分子軌道を作りません。
そしてもう一つ大事なこととして、原子軌道の線形結合されてできる軌道もまた対称性をもち、対称性が適合するものと分子軌道を作るということです。
ここから話がごちゃごちゃしますが、簡単に言うと、対称性が合う原子軌道が線形結合された軌道を作り、その軌道がさらに対称性のある軌道と分子軌道を作るということです。
つまり、さっき見たA₁とかB₂とか、そういった軌道の対称性が合うもの同士が次々に組み合わさっていくイメージです。
教科書では水やアンモニアなど比較的簡単な分子で、それらの説明がなされていると思います。
ここに書いた指標表の読み方を見ながらもう一度その説明を読んでみてください。すると、なんとなく言っていることがわかると思います。
院試で問われる典型パターン
院試では指標表そのものを記憶することは求められません(必要な指標表が問題文中に提示されることが多い)。代わりに、次のような能力が問われます。
- 分子の点群を特定できる(対称要素の数と種類から)
- 原子軌道がどの対称種(A₁, B₂など)に属するかを判定できる
- 分子軌道を対称性に基づいて組み立てる(SALC: 対称適応線形結合)
- 分子軌道図を描き、HOMO・LUMOを特定できる
定番の例題分子は H₂O(C₂v)、NH₃(C₃v)、CH₄(Td)、ベンゼン(D6h)です。これらを完璧に説明できれば、院試レベルの群論問題は突破できます。
関連記事
大学院試験対策におすすめの参考書
群論・指標表を院試レベルで体系的に学ぶには、以下の参考書が定番です。
- シュライバー・アトキンス無機化学: 群論の章で指標表の使い方を体系的に解説
- マッカリ・サイモン物理化学: 量子化学の枠組みで分子軌道法と関連付けて解説
- 無機化学演習(化学演習シリーズ): 院試レベルの典型例題が豊富
教科書選びの詳細は大学無機化学の教科書まとめもご覧ください。
まとめ
- 指標表は軌道の対称性を分類するための表
- 行(A₁, A₂, B₁, B₂など)= 対称種、列(E, C₂, σ など)= 対称操作
- 指標値 1 = 符号変わらず、-1 = 符号反転、2/0 = 縮退軌道の合計
- 分子軌道は同じ対称性をもつ原子軌道同士から組み立てる(SALC)
- 院試では指標表は問題中に与えられる。判定能力が問われる
指標表は最初は難しく感じますが、上記の読み方さえ掴めば化学の中で最も「楽になる」分野の一つです。本記事と教科書を行き来しながら、ぜひマスターしてください。
